プロフィール

山形・米沢郷土芸能本舗「米沢民謡一家」


山形県米沢市を拠点に民謡、太鼓、三味線などの郷土芸能を今へ伝える活動を家族でしています。
昭和23年から始まり、現在までこの名前で活動しております。
米沢民謡一家の名前は約60年前のNHK「私の秘密」という番組に出た際、
NHKの方からつけて頂きました。
この名前の通り家族だけで民謡・和太鼓・三味線のステージをしております。
日本で初めて、家族で法務大臣賞を頂いた団体です。
また現在、3代目代表「佐藤仁一」は和楽器マルチプレイヤーとしてソロ活動も行ってます。

民謡・和太鼓・三味線の音
日本人が忘れかけていた何かを呼び戻してくれるような、懐かしい響きがある。
音は言葉を持たないだけに、想像力をかきたて、胸に響き、心もおどり、そこには……
「新しいART」ともいうべき世界が広がる。

【心に響く、芸がある】


代表紹介

 
3代目代表 佐藤仁一(現)

 
2代目代表 佐藤仁(前)


現メンバー
・佐藤仁一(代表)
・佐藤照美
・佐藤公美
・佐藤夏実
・佐藤美羽
・佐藤幸江(名誉メンバー)
・増川順子(名誉メンバー)
・佐藤仁 (前代表、名誉メンバー)

元メンバー
・佐藤幸吉郎(初代代表、故)
・佐藤みちゑ(故)
・佐藤洲美江(故)

「3代目代表 佐藤仁一」プロフィール
幼少期より民謡・和太鼓に触れ、舞台に立つ。
18歳より本格的に芸を磨き、プロの道へと歩み始める。
29歳で代表になり、「和楽器マルチプレイヤー」としてソロ活動にも力を入れている。
和太鼓・民謡(唄)・尺八(民謡)を佐藤仁(2代目代表)に師事。
民謡・長唄三味線を佐藤幸江(名誉メンバー)に師事。
津軽三味線を山口ひろし氏に師事。
和太鼓・三味線・尺八・篠笛の楽器を演奏し、民謡まで唄うマルチな若手邦楽奏者として期待されている。
また、米沢の観光にも一役買っており地元では絶大は信頼を得ている。

米沢民謡一家の主な活動
各種イベントへの参加、矯正施設への慰問、自主公演、米沢四季のまつりBGM
民謡・三味線・尺八・和太鼓の指導、和太鼓の作曲・振付け、他ジャンルとのコラボ・・・etc

上記のような活動を行っております、出演ご依頼をお待ちしております♫
出演依頼の他、教室や出張太鼓体験などもあるので、お気軽にお問い合わせください♪


経歴

昭和23年 初代代表(佐藤幸吉郎)とその妻(みちゑ)、子供たち(洲美江、幸江、順子、仁)で始める
昭和23年 米沢市民盆踊りを開催(民謡一家を主に、米沢盆踊り保存会発足)
昭和33年 上杉神社臨泉閣にて初舞台、大好評を博す
(当時の保護司会会長から刑務所慰問の依頼があり、ここから全国での活動が始まる)
昭和43年 刑務所慰問に対し、法務大臣より感謝状受賞
昭和45年 山形県知事より功労者表彰を受ける
昭和45年 上杉まつりに「上杉太鼓」が加わる
昭和48年 上杉まつりの川中島合戦が始まり、佐藤幸吉郎が初代上杉謙信役を務める
昭和49年 刑務所慰問に対し、法務大臣より感謝状受賞
昭和58年 首都圏への上杉まつり観光キャンペーンがスタート
(ここから米沢の観光PRとして、全国での出演が始まる)
昭和59年 松岬賞受賞
昭和60年 上野駅や横浜松坂屋での観光キャンペーンスタート
平成01年 米沢市制100周年記念式典において功労賞受賞
平成01年 上杉まつりの川中島合戦の上杉謙信役を佐藤仁(2代目)が務める
平成03年 佐藤幸吉郎死去 佐藤仁が2代目代表になる
平成04年 山形新幹線開通、べにばな国体関連イベント出演
平成05年 米沢駅 新駅舎オープニングセレモニー出演
平成06年 名古屋、東海地区キャンペーンキャンペーンスタート
平成17年 愛・地球博 愛知万博に出演
平成19年 刑務所慰問に対し、法務大臣より感謝状受賞
平成21年 上杉太鼓が大河ドラマ「天地人」のBGMに使用される
平成28年 上杉まつりの川中島合戦の上杉謙信役を佐藤仁一(3代目)が務める
平成30年 米沢民謡一家70周年記念自主公演「祭の音」開催
平成30年 米沢市功労章受賞
令和04年 佐藤仁一が3代目代表となる